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物事の切り口

  • 講師
  • 2019年7月23日
  • 読了時間: 2分

先日の参議院選挙の投票率が50%を切っていたニュースを見て虚しくなりました。

選挙に行く行かないは個人の自由ですし、有権者から見れば自分の1票が決定打となる最後の1票である確率は極めて低いため政治に期待を持てない層がわざわざ選挙に行かない理由もある程度は分かります。

今香港で起こっているデモのように自分の生活に直結するという危機感がない限りは人は行動に移さないものなのだと思います。


そういう意味では日本は国内の治安、経済、言論の自由など国民が満足する要素が揃っているからこそこれだけの投票率の低さになっているのだと思います。

多くの人にとって誰かが何とかしてくれるという考え方で実際何とかなってきた面があるのですから。捉え方次第です。


幸せの基準は人それぞれであり、際限がなく、自由・不自由の概念も国や地域によっても異なります。

そしてその多くが残念ながら人と比べることでしか評価できないものではないかと思います。


私には羽がないので自力で空を飛ぶことはできませんが、それを不自由だと思ったことは今までに1度もありません。

しかし、周りの皆に羽があって自分だけ飛べない体だったとしたらきっと不自由を感じていたと思います。

人の価値観や幸せの基準は周りの環境によってどうにでも変わってしまうものです。


 
 
 

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