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証明不可能問題

  • 講師
  • 2019年8月11日
  • 読了時間: 2分

今日の夕ご飯にサザエをいくつか食べたのですが、全て砂が入っていました。

見た目はおいしそうなのですが、この砂噛みによって手こずるのがサザエ。

しかも肝の部分がかなり苦いです。

しばらくサザエは敬遠しようと思います。



明日は道場で夏祭り大会ですが、残念ながら午前中の都合がつかず参加できなくて残念です。


1年前の同大会でこんな出来事がありました。


私が劣勢の局面で千日手模様となり、早く千日手にしたかった私は同一局面4回成立したつもりで時計を止めたのですが、相手の方はまだ3回目だと主張されました。

同一局面4回目なので手順としては3回繰り返せば成立する千日手ですが周りに局面を見ていた人もおらず、お互いの記憶を主張する形となってしまいました。


数えていたため一応自信はありましたが100%かと言われるとそこまでの自信はなく、確証が持てませんでした。

人の記憶というものが如何に曖昧なものか知ることになってしまいました。


席主の判断で私の主張が通り、指し直しとなりましたが何とも微妙な後味が残りました。

相手の方には申し訳ないと思うと同時に、折衷案が見つからなかったことで勝負の現実を突きつけられました。


フェアな方法で勝たなければ意味がないという自身の信条に触れるものでもあり、かといって相手の主張だけを通すこともフェアとは言えず解決策が見つからないという哲学的な問題でした。

あの時どうすれば良かったのか未だに答えが出ずにいます。


解決策があれば誰か教えて下さい。

納得のいく解決策を示してくれた方にはささやかながら何かプレゼントさせていただきます。

 
 
 

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